大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第二小法廷 昭和37年(あ)994号 決定

主文

本件各上告を棄却する。

理由

弁護人海野普吉外八名の上告趣意第一点について。

所論は、原判決が裁判所法四条の解釈を誤まり、最高裁判所の判決の拘束力を誤まって解釈し、弁護人申請の証人の取り調べを行なわず、審理を尽くさない違法があって、右は、判決に影響を及ぼすべき法令の違反であり、これを破棄しなければ著しく正義に反すると主張するのであって、刑訴四〇五条の上告理由にあたらない。

しかのみならず、本件につきさきになされた大法廷判決は次のように判断しているのである。

一、憲法九条は、わが国が主権国として有する固有の自衛権を何ら否定してはいない。

二、わが国が、自国の平和と安全とを維持し、その存立を全うするために必要な自衛のための措置を執り得ることは、国家固有の権能の行使であって、憲法は何らこれを禁止するものではない。

三、憲法は、右自衛のための措置を、国際連合の機関である安全保障理事会等の執る軍事措置等に限定していないのであって、わが国の平和と安全を維持するためふさわしい方式または手段である限り、国際情勢の実情に即し適当と認められる以上、他国に安全保障を求めることを、何ら禁ずるものではない。

四、憲法九条二項前段の戦力とは、わが国が主体となってこれに指揮権、管理権を行使しうる戦力をいうものであり、結局わが国自体の戦力を指し、外国の軍隊は、たとえそれがわが国に駐留するとしても、ここにいう戦力には該当しない。

五、アメリカ合衆国軍隊の駐留が憲法九条、九八条二項および前文の趣旨に反するかどうかの判断には、右駐留が本件日米安全保障条約に基づくものである関係上、結局右条約の内容が憲法の前記条章に反するかどうかの判断が前提となる。然るに右安全保障条約は、日本国との平和条約と同日に締結せられ、これと不可分の関係にある。すなわち平和条約六条(A)項但書には「この規定は、一又は二以上の連合国を一方とし、日本国を他方として双方の間に締結された若しくは締結される二国間若しくは多数国間の協定に基く、又はその結果としての外国軍隊の日本国の領域における駐とん又は駐留を妨げるものではない」とあって、本件安全保障条約は、右規定によって認められた外国軍隊であるアメリカ合衆国軍隊の駐留に関して、日米間に締結せられた条約である。そして、右安全保障条約の目的とするところは、その前文によれば、平和条約の発効時において、わが国固有の自衛権を行使する有効な手段を持たない実状に鑑み、無責任な軍国主義の危険に対処する必要上、平和条約がわが国に主権国として集団的安全保障取極を締結する権利を有することを承認し、さらに、国際連合憲章がすべての国が個別的および集団的自衛の固有の権利を有することを承認しているのに基づき、わが国の防衛のための暫定措置として、武力攻撃を阻止するため、わが国はアメリカ合衆国がわが国内およびその附近にその軍隊を配備する権利を許容する等、わが国の安全と防衛を確保するに必要な事項を定めるにあることは明瞭である。ところで、本件安全保障条約は、主権国としてのわが国の存立の基礎に極めて重大な関係を持つ高度の政治性を有するものというべきであって、その内容が違憲なりや否やこの法的判断は、その条約を締結した内閣およびこれを承認した国会の高度の政治的ないし自由裁量的判断と表裏をなす点がすくなくない。それ故、右違憲なりや否やの法的判断は、純司法的機能をその使命とする司法裁判所の審査には、原則としてなじまない性質のものであり、従って、一見極めて明白に違憲無効であると認められない限りは、裁判所の司法審査権の範囲外のものである。

六、本件アメリカ合衆国軍隊の駐留に関する安全保障条約およびその三条に基づく行政協定の規定の示すところを見ると、右駐留軍隊は外国軍隊であって、わが国自体の戦力でないことはもちろん、これに対する指揮権、管理権は、すべてアメリカ合衆国に存し、わが国がその主体となってあたかも自国の軍隊に対すると同様の指揮権、管理権を有するものでないことが明らかである。またこの軍隊は、前述のような同条約の前文に示された趣旨において駐留するものであり、同条約一条の示すように極東における国際の平和と安全の維持に寄与し、ならびに一または二以上の外部の国による教唆または干渉によって引き起されたわが国における大規模の内乱および騒じようを鎮圧するため、わが国政府の明示の要請に応じて与えられる援助を含めて、外部からの武力攻撃に対する日本国の安全に寄与するために使用することになっており、その目的は、専らわが国およびわが国を含めた極東の平和と安全を維持し、再び戦争の惨禍が起らないようにすることに存し、わが国がその駐留を許容したのは、わが国の防衛力の不足を、平和を愛好する諸国民の公正と信義に信頼して補なおうとしたものに外ならない。したがって、かようなアメリカ合衆国軍隊の駐留は、憲法九条、九八条二項および前文の趣旨に適合こそすれ、これらの条章に反して違憲無効であることが一見明白であるとは認められない。

以上によれば、大法廷判決は、本件におけるアメリカ合衆国軍隊の駐留は、本件安全保障条約およびその三条に基づく行政協定を根拠とするものであること、およびそれらの法規に照らしてみると、本件アメリカ合衆国軍隊の駐留は、憲法九条、九八条二項および前文の趣旨に反して違憲無効であることが一見明白であるとは認められないことを判断しているのである。そしてこの判断は下級裁判所を拘束し、下級裁判所はこれと相反する判断をすることは許されないこと明らかである。論旨指摘の原判示の趣旨も結局これと同一に帰着するのであって、原判決に裁判所法四条の解釈を誤まった違法があるとは認められない。

同第二点について。

所論は判例違反を主張するけれども、その引用にかかる判例は本件と事案を異にし、適切でなく、所論判例違反の主張は不適法であって採用できない(引用にかかる判例「東京高等裁判所三四・二・二八、高裁刑集二巻二号八七頁」は高裁刑集一二巻二号八七頁の誤記と認める)。

よって刑訴四一四条、三八六条一項三号により裁判官全員一致の意見で主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 奥野健一 裁判官 山田作之助 裁判官 草鹿浅之介 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例